化学品業界におけるデジタルとアナリティクスの活用―バリューベース・プライシングを成長の糧に

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化学品業界はダイナミック・プライシング を活用できる土壌が整っていると言える。ダイナミック・プライシングはデジタルと先進アナリティクスツールを利用し、従来不可能だった顧客、製品、取引レベルでの価格調整 を可能にしてくれる。このツールによりバリューベース・プライシング手法に新たな可能性や効果が生まれているのだ。

大きく差別化されている特殊化学品からコモディティ化が進んでいる製品まで、ダイナミック・プライシングは化学品業界全体の製品やサービスで活用可能であり、製品が生む価値を特定し、市場の目まぐるしい変化に合わせて価格を調整することができる。その全ての場合において、ダイナミック・プライシングはリアルタイムのデータに基づいて行われる。新しいデジタルと先進アナリティクス能力により、化学品企業のプライシング・パフォーマンスを新たな境地に導き、購入量と製造費用の評価のみに基づく価格設定から進化できるようになるのだ。

化学品業界はダイナミック・プライシングと相性が良い。業界を支える基本的な化学成分の価格は、基礎となる原油価格や需給バランスの変化により変動することが多い

同時に、化学品業界では、同一の製品が生む価値およびそれに対する顧客の支払い意思が大幅に異なるエンドユーザー業界や利用方法に対して製品が販売される。そのような業界では、化学品企業がマージンの改善に取り組む際に、ダイナミック・プライシング能力が大きな武器となる。

製品ラインアップのうち、コモディティ化が進んでいる領域では、下流領域の化学品の生産の多くが比較的少数のメーカーが生産する基本的な化学中間物に基づいているため、このような変動は激しさを増している。生産者が工場の稼働を停止すると、顧客が代替供給を求めるため需給バランスに波及効果を及ぼし、その間顧客による代替製品への切り替えがさらなる波及効果を生む。このような状況でも、ダイナミック・プライシングはリアルタイムで市場の動きを監視して価格設定を行うため、化学品企業は適切な価格設定を行うことができる。

製品ラインアップの反対側では、バリューベース・プライシングの観点から見る業界の製品の大部分は競合と差別化されており、顧客に特別な価値を提供している。しかし、商品と顧客の何万件の組み合わせや何十万件もの取引を横断して価値を計算することは不可能であり、多くの化学品企業は潜在的な価値を十分に獲得できていない。この様な場合、最も組み合わせが多い顧客と製品にバリューベース・プライシングを拡大する際に、ダイナミック・プライシング・ソリューションが役に立つ。一方で、数千件の小中規模の製品・顧客の組み合わせでは、先進アナリティクス手法により顧客の支払い意思を特定し、バリューベースの価格を見積もることができる。

化学品企業によるダイナミック・プライシングの導入

ダイナミック・プライシングを導入するには、化学品企業は組織全体で3段階の変革を実施しなくてはならない。第一段階は企業が使用しているプライシングツールおよびシステムの変更であり、第二段階はプライシング組織およびプロセスの変更だ。そして第三段階は経営陣から現場の営業職員まで、全社員のマインドセットと行動の改革およびケイパビリティの向上である。

ツールおよびシステム

ダイナミック・プライシングの導入およびその効果を持続するには、IT・アナリティクスの適切な基盤およびパフォーマンス管理能力が欠かせない。第一のステップは、アナリティクスツールで使用する企業の全ての顧客・アカウントデータおよびプライシングデータの包括的な棚卸しである。その後どのアナリティクス手法を採用するかは各化学品企業の状況により異なる

化学品企業の製品が差別化されている場合、製品が顧客に提供する価値、主要プロセスに使用する化学品を信頼できるベンダーから仕入れることを顧客がどの程度重視しているか、そして、反対にサプライヤを変更する準備を顧客がどの程度ができているか等、顧客の購買要因のマッピングに基づくバリューベース・プライシング手法が利用できる。当要因が数値化され、その後アルゴリズムが購入行動のタイプ別に顧客をグループ分けする。化学品企業では、独自の性質を有し、差別化された製品を購入する大口顧客に対して「次善の策」(NBA) プライシング手法を採用することが慣例となっているが、先進アナリティクスを利用すれば、小規模顧客を含む数千社の顧客にNBA手法を適用し、プライシングの判断要素として使用してマージンを改善してくれるのだ。

ダイナミック・プライシングの導入の一環として、化学品企業は市場情報および下流市場の需要並びに上流での供給に関する予測を強化し、プライシング戦略を改善することができる。原油・ガス価格動向およびサプライチェーンの分断に対して化学品業界の感度が高いことを考慮すると、特に価値が大きい。

また、原油市場等の俯瞰的な要素から詳細な市場情報まで、大量の情報を収集し分析することが可能になる。後者は取引量、競合の稼働停止や生産能力の拡大に関するニュース、および地域の建設動向や様々な種類の自動車に対する顧客の好み等、顧客の業界の動きに及ぶ。特定製品の生産者のコストカーブに関する詳細な知識も活用できる。競合の工場の稼働が停止した場合、需給全体への影響を評価し、価格調整の可能性を慎重に評価することができるようになるだろう。

先進アナリティクス手法はこれら全ての戦略的インプットとデータインプットを処理し、それにより価格管理エンジンが整備される

組織およびプロセスの変更

化学品企業でダイナミック・プライシング手法を導入・維持するために必要なデジタルおよび先進アナリティクスのスキルを構築するには、専門のプライシング部署を設置することが不可欠だ。リージョンまたはグローバルレベルで設置するかは事業の性質により異なる。この新しい専門部署は、全社的なプライシング戦略および特定のプライシング施策を主導し、新しいツールの使用について営業組織に助言できるプライシングエキスパートが集う場となる。当部署のメンバーには社内の経験豊富な営業のプロやデータサイエンティスト等の新しい役割が含まれるだろう。

プライシング部署は、市場情報の収集および市場価格予測から始まり、ダイナミック・プライシングの詳細な提言、アクションおよび実行のモニタリングで終わる、明確なプライシングプロセスを整備しなくてはならない。プライシングエキスパートは目標価格、マージン、成長率の進捗に係る重要指標を追跡するプライシング・パフォーマンス管理のための仕組みを整える必要もある。

ダイナミック・プライシングで成功する化学品企業は、アナリティクスから得る洞察と営業部門が有する専門知識のバランスをとっており、お互いから得た学びを市場や顧客の全体的な理解を深めて最善の結果を出すことに生かしている。営業部門がデータを見て「この顧客層にこの要因が強く関係していたとは知らなかった」といった意見が出ることが多い。反対に、市場の現実に沿わないアナリティクスが独り歩きすれば、営業部門がすぐに指摘してくれるだろう。これらのことは、デジタルとアナリティクスが営業担当者に取って代わることはなく、反対に現場の営業担当者による迅速なファクトベースの意思決定を支える存在となる事を示している。

ダイナミック・プライシングの導入における人材管理

ダイナミック・プライシングの導入を成功させるには、経営陣から現場の営業職員まで、組織全体が変わる必要がある。経営陣はアナリティクスを理解し率先して活用しなくてはならない。営業部門のマネジメントは新しい洞察をどのように活用して営業担当者を動かし、説明責任を持たせるのかを学び、現場の営業職員は新しいケイパビリティの活用方法を学ばなくてはならないだろう。

通常、化学製品は長いバリューチェーンの一部である製造工程に供給されるため、化学品業界の大半はリピート注文からなる長期取引を行っている。そのため営業部門は顧客と長期的な取引関係にあることが多く、友好な関係が醸成されるため、ダイナミック・プライシングが生む新しい世界はこのような関係から成り立つ世界とかけ離れている、と思われることもあるだろう。

そのような世界でダイナミック・プライシングの導入に成功する企業は、新しい手法を信用してもらい、アナリティクスベースの新しいシステムの利用方法に対する理解を深めてもらおう、と現場の営業部門を手厚く支援している。あらゆる新しいツールや手法の導入と同様、成功のカギは営業部門に革新的な新しいツールがもたらすメリットを体験してもらうことだ。

また、効果的な導入に成功している企業は、組織の全階層を横断して研修を企画し、各階層用に様々な形態、内容、介入方法を設計、実施することでマインドセットや行動を変えている。例として、効果的なチェンジリーダーになる方法に関するセッションを経営陣を対象に行うことが挙げられる。 事業部門のマネジメントに対しては、マンツーマンのコーチングを通じてフィードバックの実施方法、話しにくい問題の対応方法、業務管理におけるマイクロマネジメントの適切なレベル等、全員の育成ニーズに対応する。

現場の営業部門では、研修実施後に上席者と共に顧客訪問を行う。習得可能なテクニックの例として、成功している営業担当者は、顧客企業の技術部署と連携することで顧客が特に重視し差別化している製品の仕様を細かく学んでいる。この方法により、値上げ交渉時になぜその製品が高く評価され、代替品では駄目なのか、を購買部署に説得力を持って説明することができるだろう。

上記の手法を活用することで、数ヶ月でダイナミック・プライシングを導入するために必要な学びを得られることが示されている。変化のペースを上手く設定することが大事だが、成功している企業はこれまでに培ったビジネスのやり方をわずか数週間で変えようとするのではなく、一年間の達成目標を設定して慎重にアプローチしている。

先進アナリティクスとデジタルがもたらすケイパビリティを利用すれば、化学品企業はプライシングの有効性を高め、収益性を向上することができる。(コラム「化学品企業はどのようにダイナミック・プライシングを通じて収益を伸ばしているのか」を参照)しかし、長期的に得られるメリットはそれだけではない。ダイナミック・プライシングに本格的に取り組み、それを活かすために新しいケイパビリティを構築する企業は、アナリティクスベースの手法を通じて生まれる価値が急速に拡大している、とマッキンゼーは見ている。その成功に基づき、そのような企業は継続してケイパビリティを拡大し学びを重ね、プライシングでの取り組みをデジタル戦略にまで拡大している。

コラム: 化学企業はどのようにダイナミック・プライシングを通じて収益を伸ばしているのか

ダイナミック・プライシングに本格的に取り組んでいる特殊化学品メーカーおよびコモディティ化学品メーカーの売上は、急速かつ大幅に伸びている。

アジアを拠点とする特殊化学品メーカーは、サプライヤの稼働停止による原材料費の劇的な高騰、という化学品業界で誰もが知る問題に直面した。この問題は、基本的にはコストプラス手法だが、地域によって価格が大きく異なる既存のプライシング手法に大混乱を引き起こした。同メーカーは地域、顧客セグメント、チャネルを横断して価格を差別化し、新しいプライシングツールの導入、営業部門の集中的な研修および差別化した製品の増加に向けたバリューベース・プライシングの推進に支えられた新しい手法を導入した。この新しい手法が功を奏し、その後9ヵ月で売上利益率が2%上昇した。

米国の特殊化学品メーカーは、自社製品ラインアップから大きな価値を得ていないことを認識し、ダイナミック・プライシングを導入した。安定した継続的な契約が事業の大部分を占める、既存のアプローチは供給開始後に合意した価格を維持することだった。同メーカーはアナリティクスの利用を開始し、製品がもたらす価値および顧客がサプライヤを変更する可能性を基に各顧客に求める値上げを決定。一年で売上利益率を3%改善することに成功した。

あるグローバル特殊化学品メーカーは、買収による成長期間を経て、異なるプライシング制度およびインフラが絡み合う、という問題を抱えていた。数万に上る製品および顧客に対するプライシングが業界セグメント、国、同一顧客企業の別部署により異なる等、一貫性が欠如していた。そこで先進アナリティクスを活用してアルゴリズムおよび機械学習を通じてシステム体制を改善し、差別化された製品に適切なプレミアムを付与、大口・長期取引顧客に対する様々なレベルの値引き、原材料費の上昇の追跡およびパススルーの保証等のケイパビリティを構築した。その結果、一年で売上利益率の3%改善に成功した。

世界中で製造・販売を行う石油化学製品メーカーは、それまで原材料価格または市場の緊張に反応するだけだったプライシング戦略全体を刷新するため、ダイナミック・プライシングの採用を決定し、3つのプライシング手法の導入に乗り出した。一つ目は最も差別化された製品のバリューベース・プライシング、二つ目は需給バランスおよび原材料費の動きを網羅したデータアナリティクスに基づくコモディティ製品の価格および契約の積極的な管理、そして三つ目はその中間グレード向けに双方を組み合わせた。数百名が集中研修プログラムに携わり、値上げの根拠を示す方法や顧客企業の経営陣とのリハーサルを含め、営業部門による新しい洞察の活用を支援した。その結果、9ヵ月で売上利益率の10%改善を達成した。



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