マッキンゼー・アンド・カンパニー・ジャパン(以下、マッキンゼー)は、全国の公立小中学校での「主体的・対話的で深い学び」の実現のため、2022年より教員の問題解決能力の向上に向けた研修を実施してきた(ビデオ)。その活動の中で、学校の組織としての変革を進めるためには、教育行政のミドルレイヤーである教育委員会や学校管理職からの働きかけが重要と捉え、2025年にはこの内容に関する調査結果をまとめた白書を公開した(リンク)。
この度、白書の執筆にもご協力いただいた、前さいたま市教育長の細田 眞由美先生と、マッキンゼー東京オフィス シニアパートナーの野崎 大輔の対談を通じて、教育現場での課題やマッキンゼーの今後の取り組みについて深掘りをした。
学校組織における教員のシナジー創出という課題
野崎:細田先生は、さいたま市教育長としてご在任の間に、GIGAスクール構想などの推進を通じて「主体的・対話的で深い学び」の実現にご尽力されてきたと伺いました。
細田(敬称略):在任期間中にはコロナなども経験しましたが、そうした環境の中で、デジタル化などの教育改革に力を入れました。実際に、さいたま市は0歳から14歳までの転入超過が9年連続日本一であり、その背景として教育環境を評価してもらっている部分もあると考えています。
野崎:細田先生は学校教員、さらに校長や教育委員会、教育長として、教育行政の様々なレイヤーから教育現場を見てこられました。教育長になられた時には、学校にどのような変革ニーズがあるとお感じになりましたか。
細田:教育現場も大きなうねりとして徐々に変化しています。しかし、一人の先生の取り組みが学年、学校へと広がることは難しく、教員間のシナジーが働いて学校のエネルギーとなることは容易ではないのが現実です。学校組織は個人商店に例えられることが多いのですが、学校での取り組みが点から線へとつながり、大きな変化を生み出すようにする必要があるという使命感を感じました。
野崎:そうした変化がなかなか進まない理由はなぜでしょうか。
細田:一つの学校の中に様々な経験や考えを持った先生が混在していますが、彼らが「鍋蓋」のように、管理職のもとでフラットに存在しています。したがって、組織として何かを動かそうという考えが根強くはないんですね。先行きが不透明な時代で未来を生きる子どもを育てるためには、教育こそ最も未来志向ではないといけないのですが、そうした組織変化が進まないのが現実です。
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教員同士の学び合いに向けた働きかけ
野崎:そうした課題意識をもって、「未来志向」の教育を実現するため、教育長ご在任時代にはさいたま市で様々な取り組みをされたと伺っています。
細田:コロナ禍を経て、文部科学省がGIGAスクール構想を進めようと動き始めた時、「『主体的・対話的で深い学び』の実現に向けた武器を手に入れた」と感じました。同時に、さいたま市のような大きな自治体では環境の整備も容易ではありません。しかし、デジタルインフラの整備は時間や金銭的な投資があれば実現できました。その先でもっと大変だったことが、教員全員が情報端末を使った授業改革を行うように推し進めることでした。
野崎:先ほどの話の通り、組織としてのシナジーが必ずしも強くはない学校現場で、どのように組織改革を進めたのでしょうか。
細田:そこで採用したのが「エバンジェリスト」制度です。各学校の有志の教員をITのエバンジェリスト(伝道師)として育成し、学校で他の教員を巻き込んで授業改革をするよう働きかけました。初めは有志の教員が集まるのか不安もありましたが、ITリテラシーの高い若手の教員を中心に、800人近くの手が上がりました。彼らは学校に戻ると、例えばITに抵抗意識のあるベテラン教員の元に行って、「先生の授業ノウハウを教えてください。自分はIT活用の知見があるので、一緒に学び合って授業改善をしましょう」というように働きかけるんです。そうすると、学校の中で学び合いの輪が生まれ、授業改善が進む、というように組織が変わっていきました。
野崎:そもそも、エバンジェリストのようなアイディアは、細田先生の中でどのようにして生まれたのでしょうか。
細田:若手とのコミュニケーションですね。当時、私の教育長室は「ブレインストーミング部屋」と呼ばれるほど、活発に議論ができる環境でした。チャレンジをしたい若者の声を日々聞いていたからこそ、生まれたアイディアでした。
「教育エグゼクィテブ」育成の重要性
野崎:こうした取り組みや、学校組織変革の事例を他の自治体や次世代へとつなげていくためにも、我々が白書で論じたように、教育委員会や学校管理職といったミドルレイヤーの意識改革が重要になってきますね。
細田:おっしゃる通りです。教育行政のミドルレイヤー、すなわち「教育エグゼクティブ」となる教育委員会や管理職が組織改革を進めるわけですが、多くの取り組みが属人化しています。さいたま市に限らず、改革が進んでも、推進していた教育エグゼクティブの任期が終わるとその改革が崩れるということが散見されます。
野崎:そうすると、教育エグゼクティブの育成こそが教育改革の鍵となるのですね。
細田:はい。まさに私が教育長時代に実感したことでもあります。例えば、さいたま市では160人以上の校長を抱えているのですが、全体に向けてどれだけ熱く話をしても、なかなか全員に響くわけではないんですね。そこで、10人程度のグループに分けて、年間で複数回に及ぶ意見交換をしてもらいました。結果として、学校管理職の意識改革には効果的であったと感じています。
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「自前主義」から脱却し、民間企業との協働へ
野崎:教育現場でそのように組織変革を進められた中で、限界を感じた部分はありますか。
細田:教育行政の多くが「自前主義」であるように思います。それゆえに実現が難しいことがあるため、私はそこから脱却しようとしました。例えば、先ほどお伝えしたGIGAスクール構想を進めるうえでも、我々は教育のスペシャリストではありますが、ITの専門知識があるわけではありません。そこで、ITの専門家である民間企業出身者を登用して、プラットフォームの構築などを進めました。実際に私もその採用面接をしたのですが、皆さん口をそろえて、「教育で時代が変わる瞬間に立ち会いたい」とおっしゃっていました。教育現場に常日頃触れているわけではない方からこのようなお言葉をいただけるということは、とてもワクワクすることでした。
野崎:自前主義からの脱却、というのは、先ほどの個人商店型の組織からの脱却と同様、重要なキーワードなのですね。
細田:はい。社会が変化する中で教育も変化を求められています。経済社会の中でそうした変化を体感している民間企業の方と協働するというのは、非常に有意義だと感じます。
野崎:マッキンゼーも2022年から教員向けの研修提供を行っていますが、教育を始めとする様々な側面から社会貢献の機会を拡大しているところです。
細田:例えば、教育エグゼクティブの育成に関しては、組織マネジメント力を身に付けることが重要ですが、それに特化した研修の機会は限定的です。例えば、組織マネジメント力の研修を民間企業が実施するなど、様々な協働の方法があると考えています。また、このように民間企業が教育に関心を持って取り組んでいるということそのものも社会に対する問題提起になるので、有意義なことだと思います。
野崎:我々は民間のコンサルティング企業として、組織変革や組織マネジメントのノウハウを豊富に蓄積していますから、そうした知見をぜひ活用して教育改革に貢献していきたいです。
細田:そうした取り組みができれば非常に面白いと思います。最近では、日本の多くの教員が自信を失っているように感じています。若手が将来、日本の教育エグゼクティブになりたいと思えるようになれば嬉しいです。